師匠と五岳と金次郎。

骨董商として駆け出しの頃、フラフラしていた私を

書画商の道へ導いてくれた師匠がいる。

「学習と経験の蓄積によって、書画の真贋を判断できるようになる」

と、教えられて希望を抱くことができた。

 

 

古美術の業者間で、私は「金ちゃん・金次郎くん・金次郎さん」などと呼ばれている。

本名を知っている人は少ない。

 

 

交換会(業者の競り市場)で、品物を落札した際は

「◯万円で金次郎さん」と、屋号で周知される。

 

 

『平野五岳』の作品が競りに出された際は、誰ともなく

「金ちゃん、五岳が出たよ。買わなきゃいけないよ!」

と、わざわざお囃子が入るのが恒例となっている。

 

 

初期の学習によって『五岳を極めたい』と思うようになり、

交換会で『五岳』を買い続けているから

『五岳=金次郎』と意識されるようになったのであろう。

 

 

熊本地震直後の交換会にて『平野五岳』の大名品を入手した。

学習と経験を積み重ねてきた成果である。

師匠と競り合った。仲間、師弟でも談合はしない。

 

 

『平野五岳/浅絳・水墨山水図/双幅』

掛軸 浅絳・水墨山水図 長丈大幅 双幅 吉嗣拝山箱書 絖本218.5(267)×86㎝

 

 

明治二十四年に浅絳山水図、同二十五年に水墨山水図が作画され、

日田八軒士の一家、千原家に、贈られた作品。

 

 

「為昔湖千原賢契清賞」の為書きがある。

『千原昔湖(1830〜1894)』は、五岳よりも二十才ほど若いが、

明治二十七年に六十四才で没している。

 

 

千原家は、掛屋の名家であったから、

とても大きな床の間があつらえられていたのであろう。

その床に合うように作画されたと思われる。

 

 

作品の大きさもさることながら、出来映えも良い。

八十才を過ぎた老人の画とは思えないほどの気力が伝わってくる。

濃淡に飛んだ画面はリズミカルで、

骨力のある太い線で描かれた山岩は五岳の真骨頂である。

 

 

『五岳らしさ』のすべてが盛り込まれた充実作、晩年の大名品と言える。

 

 

福岡県吉井辺りの旧家に伝わった。

 

 

極めて大切な大分の宝である。

 

 

当店、文人書画目録2018年7月号掲載予定。